金紗のベールとノクターンU 東大陸見聞録−獣ヶ原で遠吠えを その7
ZAZA9013
前回までのあらすじ
魔法もつかえず、「喋るジャンガリアン・ハムスター」になってしまったケフカ。
当座の目的地は解呪の石がある、東大陸獣ヶ原南端の三日月山の頂上!!
オルトロスをしばきたおして大三角島から、東大陸の獣ヶ原へと渡ることが
できた28号。さらに東大陸中央部に流れる川を渡るために
オルトロスと待ち合わせの約束を強引に交わしたのだった。
一方ケフカは28号のだいじ袋のなかで、怠惰で安穏な
ねずみライフを送っていた。
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ケフカは、リュックの中の一番上に収められているだいじ袋の中で目をさました。
ぐっすり眠っても、まだ日は高い。
ねずみになってから、睡眠時間が小刻みになった。
一日に5−6回かそれ以上寝たり起きたりしている。
もらった胡桃をがりがり齧り「かじりたい欲求」を満足させる。
リュックの中をしばらく這い回って、「狭いところへ進みたい欲求」を
満たしてから、鼻先を出した。
ケフカの位置からは28号の肩甲骨と肩しかみえない。
「おい、28号。」
「はい?」28号は肩越しにケフカを見た。
「そんな格好で平気なのか?」
「別に寒くはないですよ。」
「そうじゃなくて・・・」
「プロテスとシェルをかけています。
モンスターが出たら戦って勝ちます。もしくは逃げます。」
28号は微笑んだ。
「裸でチョコボに乗っているのか?恥ずかしくないのか・・・。」
「大丈夫です。人間が住んでいないところなんですよね。
それに、乾くのが待ちきれなかったんです。」
住んでいないとは言ったような気がするが・・・、
誰も人間がいないってわけじゃないだろ。
ケフカは思った。
ここで怒るのは簡単だ。
けれど、こいつは俺をはやく連れてゆきたいだけなのだ。
「ん・・・まあな。誰かに見られてもおまえが変な人だと思われるだけだからな。
ふー・・・いい天気だな。俺は寝る。夕方まで起こさなくていいぞ。」
「はい、わかりました。」
獣ケ原はひたすら平野地帯のようだ。
モンスターが現れればすぐにわかる。
28号が南へまっすぐに進んでいると、蛇行している川は勝手に近くなったり
遠くなったりする。川の周りには丈の高い葦(ヨシ)が密集していた。
高さは2mほどある。
そこに何か潜んでいても見えないけれど、距離をとって進めばよい。
大三角島の森に比べれば、予測が効くので恐怖感は低い。
大きな水鳥が飛んでいる。
夕食はあれにしようと、28号は弓矢をかまえた。
矢は水鳥の胴に吸い込まれるように刺さった。
コウ・・・と鳴きながら鳥は、葦の中に落ちた。
この中を探すのはちょっと危ないかなと思いつつ、
28号はチョコフレイク号の上から葦原を見渡した。
葦の中を何かがこちらへ向かってくる。
モンスターに備えて、28号は剣を抜いた。
「ほーい」人の声だ。
28号は警戒しつつ声を張り上げた。
「どなたかいらっしゃるんですかぁー?」
葦の中から返事か返ってきた。
「鶴を射止めたんじゃろ?持ってきてやったぞ。」
声の主が葦の中から現われた。
「ほれ。」
太くてごつい手が28号に鶴をわたした。
「ありがとうございます。」
現われた男はロメロと名乗った。
28号は剣を収めた。
ロメロは40過ぎぐらいの日に焼けた男だった。
汚い麦わら帽子を被り、紺色の粗末な服を着ていた。
袖はひじまで腕まくりをして、太い腕は傷跡だらけだった。
同じ色のズボンをひざまで巻くりあげ、素足にサンダルばき。
ちぢれた白髪を麦わら帽子に無理矢理おさめている。
骨格は骨太で全体的にずんぐりしていて、ケフカよりも背は少し高い。
麦わらの下には太い眉には、黒くて鋭い目。
もじゃもじゃのヒゲが顔中にはえている。
顎は角ばっていて、口が大きい。
遠くから見ると樽が歩いてくるようにも見えるが、
全身に纏っているのは緩んだ脂身ではなく、
筋肉なのではないか・・・と28号は思った。
「裸で失礼します。洗濯したんですが、まだ乾いていなくて。」
28号は先手を打ってわびた。
そんなに恥ずかしくはないのだけど、これがケフカ様にばれたら
”お前が恥ずかしい事をすると、俺の品位までが落ちてしまうではないか”
などと叱られてしまう。
ケフカ様が眠っている間にこの人と別れてしまえば、ばれないかも・・・。
「ワシは別に気にしとらん。それよりも、あんたに会えてうれしいんじゃ。」
ロメロはごつい顔をくしゃくしゃにして笑っている。
「はぁ?ええと・・・。」
こんな人が知り合いにいただろうか・・・?
帝国軍にいたのだろうか、それとも敵として戦った人だろうか。
「なにしろ、ここへきて丸々6週間誰にもあわなかったんじゃ。
ワシもさすがに人恋しくなった。」
「6週間ですか・・・。」
自分が6週間も一人ぼっちで過ごせるだろうか・・・。
28号は考えた。
無理。・・・多分無理。
ケフカ様がリュックの中に入っているだけでも
淋しい気持ちになるのだから。
チョコフレイクやチョコナッツを世話したり、
かまっていると多少気は紛れる。
まったくの一人きりで、何週間も過ごすというのは
28号の想像範囲をはるかに超えた孤独だ。
「うむ、いくら武芸大会のためとはいえ、こたえるぞ・・・。
茶を煎れたところじゃ、一休みしていかんか?」
うーん・・・。ケフカ様に叱られても、いいかな?
身元がばれなければ、そんなに怒られないだろう・・・。
「では、お言葉に甘えさせていただきます。」
28号はロメロについてチョコボで葦原を進んでいった。
川のすぐそばにロメロのキャンプがあった。
普通のテントと、草を束ねて作った小さな別荘テントがある。
チョコボたちは川で水を飲んでいる。
28号はとりあえず、乾いた白い綿のシャツとパンツだけ身に着けた。
他の乾いたものをリュックにしまった。
ロメロは消えかけた焚き火に薪を入れ火を強くした。
そして、28号に乾きにくい服とブーツをそこで乾かすといいと言った。
なるほど・・・そういう手もあったのかと28号が感心していると
ロメロがお茶を入れてくれた。
「すいませんロメロさん。ありがとうございます。」
お茶は異国の味がした。紅茶とは全然違う。青臭い葉っぱの味。
「はーー。お茶だけが故郷の味じゃ。」
「ロメロさん、こんなところで何をなさっているんですか?」
「見てわからないかな。これだよこれ。」
ロメロは傍らにあったざるをすくう動作をした。
洗濯に使うような平たい桶がある。
「魚すくいですか?」
28号の発言にロメロは大きく笑った。
「砂金とりじゃよ。」
「砂金・・・?ああ、川に金塊が落ちているというやつですね。」
「かたまりというか、小さな粒じゃよ。鼻くそ以下じゃ。」
「それじゃ、あまりお金にならないのでは?
それに、ここはモンスターが沢山いるから危険ではないのでしょうか?」
「あんたはなかなか堅実なお人のようだ。
金は、地道にもう何週間かがんばるか、大きいのを見つけたら良い。
モンスターとは、戦ってもいいのじゃが、これがある。」
ロメロは腰につけた大きな貝を見せた。
「モンスターよけですか?」
「自慢の一品じゃ。」
と、ロメロは貝の細いほうに口を当てた。
地響きのようなものすごい音がした。
プーブォー―ゴォ−――ゴォー―ゴォー―――ブゥオオオン・・・・・。
そばにいた28号の耳がキーンとなった。
腰につけた長剣がびりびりと振動している。
室内ならガラスが割れ、コップも砕け散るような音だった。
チョコナッツたちも伏せてじっとしている。
音というより、ケフカの魔法で受けた水中での衝撃波に近い。
焚き火の前に置いたお茶碗が振動して、お茶に丸い波ができている。
「うわーうわーうわーっ!!なんだっ何の音だっ!?」
ケフカがあわててリュックから出てきた。
「すいません。ロメロさんが、貝を吹いたんです。起きちゃいましたね。」
ケフカの耳もひげもいつもの倍以上にぴくぴくしている。
「貝だと?人間がいたのか。むぅぅ・・・ちっ。
俺はひっこんでいる。くれぐれも帝国からきたとばれるなよ。」
ケフカはすぐに引っ込んでしまった。
「はっはっはっ。ねずみも起きたか。
これを聞いて向かってきたモンスターは今のところいないな。」
「はー―っ・・・!すごいですね。いいなぁ。その貝どこにあるんですか?」
「ホラ貝は、温かい海ならどこにでもいるんじゃが・・・。
吹けるようになるまで、早くて半年、長いと3年はかかる。
無理に吹くと肺が破裂することもある。ここまで吹けるのに11年かかった。」
「すごいですよ。魔法みたいです。」
ロメロは貝を腰にもどした。
「まぁ、特技の一つもないと、獣ケ原に一人で長居はできんもんじゃ。」
「もしかして、それのおかげでこの辺でモンスターが出なかったのかもしれません。
ありがとうございます。ロメロさん。」
「いやぁ・・・。それより、あんた武闘会に出てみないかね?」
「ぶとう会?僕はおどりはできませんけど・・・。」
ロメロはおおきな口を開けて笑った。
「そっちじゃない、はっはっはっ・・・。
ドマで武芸大会があるんじゃよ。獣ケ原を裸で進んでいたあんたじゃ、
多少腕におぼえはあるんじゃろ?。」
ロメロの目には、28号は田舎から獣ケ原に武者修行に出てきた
剣士見習いのように見える。
「強いかどうかはわかりません。
そういうのは旦那様にきいてからじゃないと出て良いかどうか・・・。」
「なあに、あんたなら参加料ただにしておくよ。良い成績を収めれば
それなりの栄誉と賞金がでるのだ。景品もある。」
ロメロはかなりすすめてくる。
「そうですか・・・。その武芸大会いつ行われるんですか?」
「んっ・・・。それが辛いところでな。スポンサーはワシなんじゃが、
金をアルバイトのモンスターに盗まれてしまったんじゃ。
というわけで、ここでの砂金の取れ高次第といったところじゃな。」
「ロメロさんが開くんですか?」
「そうじゃ。ワシは夢があってな・・・。まぁ、武芸大会もその一つじゃ。
・・・あんた、この世にうまれたからにゃ、自分の腕を試してみたいと思わんか?」
「強くなりたいとは思っています。」
「うん、それが人間というものじゃ。より強く、よりたくましく。
力こそが次の時代に求められるものじゃ。」
「なるほど。」
素直にうなずいた28号にロメロは満足したようだった。
「そうじゃ、あんたにこれをやろう。」
と、ロメロは太目の矢と弓を持ってきた。
「この矢は中が中空になっていて、中に火薬が詰まっている。
導火線の長さは3分。」
ロメロは矢から出ている導火線に焚き火で点火した。
良い姿勢で、弓を構えた。
「3分で爆発するので、3分以内に放てばよいのじゃ。」
矢はひゅうと対岸の土手に突き刺さった。
パン!と炸裂音がして矢は爆発した。
ファイアくらいありそうだ・・・と28号は思った。
「5本わけてあげよう、気に入ったら使ってくれ。」
「ありがとうございます。」
「ま、あんたの旦那様が、出場を認めてくれることを期待する。」
「だと良いんですけど・・・。それでは、ロメロさん。ごちそうさまでした。」
「うん。ま、ワシは多分これが終ったらドマにいる。
また会えるのを楽しみにしているぞ。若者よ。」
28号はロメロのいた岸辺をあとにした。
火の側に置いたのでブーツはかなり乾いていた。
服もあと少しで着られそうだ。
葦原を抜けるとリュックからケフカが頭を出した。
「ああ、うるさかった。あのくそおやじの大バカ野郎。
耳がダメになるかと思った。」
「すごい音でしたねぇ・・・。僕もびっくりしました。」
「出たいのか?武芸大会。」
突然ケフカが28号にたずねてきた。
「出てみたいですが・・・どうでしょうか、ケフカ様。」
「その件は、僕ちんが人間に戻るまで保留ってことでいいか?
やるかやらんかわからない大会だが・・・。」
「いいですよ。人間を殺すんだったら、やめますが・・・。」
「殺し合いは多分しないだろう。
・・・・まいったと相手が言うまでぶちのめすだけだ。
ドマは武芸が盛んな国だ。見学だけでも参考になるだろう。
それに、彼らなりの精神文化みたいのがあってな・・・、
殺し合いは良しとせん。殺しの技は磨くくせにな。
”人殺しはしない、お前の中の悪をたおすのだ。”
などと屁理屈抜かして私を殺そうとした奴もいましたね。ふんっ!」
「きっと皆強いんでしょうね・・・。」
「私が思うに、力はきっとおまえが一番強い。
しかし、剣術となるとなぁ・・・予想できんな。
おまえの実力を人間相手に試してみるのも一興なのですが、
それで身元を勘ぐられるのも困りますし・・・・。」
ケフカは小さな両手をあごの下に組んだ。
「ドマにも帝国を敵視する人間がいるんでしょうか?」
「いるいる・・・敵しかいないぞ。多分な。
僕ちんを殺しにきた暗殺者は、ほとんど東大陸の人間だったぞ。」
「うーん・・・。ドマちょっと怖いですね。」
「僕ちんも行くのは初めてですから、多少は嫌だが・・・。
仕事だからな・・・。どうせそのうち帝国軍が滅ぼしに行くのだ。
そのときに右も左もわからないのも癪だしな。」
その日は日が沈むまで南へと進んだ。
夕食を食べたあと、寝袋をだしてから、28号とケフカは遊んだ。
「28号、両手を高く上げるのだ。」
「こうですか?」
ケフカは28号の服の上をするすると登る。
腰から手先へあっというまに到着した。
「ケフカ様、早いです。」
「今なら、帝国城の外壁を登った方が早いといっていた
お前の気持ちがよくわかるぞ。」
「でしょうねー」と28号は笑った。
「登るのも早いのですが、狭いところを走るともっと早いのですよ。」
「そういう感じの体型ですものね。うひゃっ。」
ケフカは28号の肩まで降りてくると、首から服の中に入ってしまった。
お腹の周りをぐるぐると全力疾走して、左の袖口から出てきた。
「どうだ、なかなかの早さだろう?4つ足の生き物もあなどれんだろ。」
「・・・・・・表面を走るよりずっと早かったです。」
服の中を走られた28号は、そのあまりのくすぐったさに悶死寸前だった。
ケフカが走っている間、笑いっぱなしになりそうだったのを必死でこらえていた。
ふわふわで美しい毛皮がいけないのだ。
ケフカは28号の手のひらの上でグルーミングを始めた。
うるさい虫の声に混じって、モンスターの遠吠えが聞こえてきた。
ケフカは毛並みを整える手を休めて、一点をじっとみている。
こんな時は、耳に神経を集中させている状態だから、28号も静かにしていた。
「ふぅむ・・・。遠くかつイヌ科ですね。」
「近いのですか?」
「・・・遠くって言ったろ、ちゃんと聞け。鶴の内臓はどこに埋めました?」
「100mほど離れたところです。」
「うん、きっと大丈夫だろ。気になるなら明日埋めたところを確認するといい。
ほじくりかえした形跡があれば、近くまで来たのだ。」
「掘った跡があったら、どうすればよいのでしょう?」
「まぁ・・・、残飯とかそんなもの目当てについてくるかもしれませんね。
とりあえず何かいるってことで、注意するしかないだろ。」
28号は恐ろしいモンスターが夜に自分のテントの周りを
うろうろしているところを想像して怖くなった。
「はぁ・・・。まだ、帝国城のほうが安心していられたような・・・。」
思わず弱音を吐いてしまう。
「ふーん・・・。基本的に、意図的なものか、自然の成り行きかだけの
違いで危険の度合いはここも帝国城もあまり変わりませんよ。」
「そうなんですかぁ・・・?」
28号にはとてもそんな風には思えない。
「うん、そんなものだ。むしろ、ここは開放感があってよい。
陰謀やらなんやらがないだけマシだ。
ぼくちんがネズミになっていなければ、
獣ケ原はすばらしい場所だと錯覚している所ですよ。」
「うーん・・・?」28号はケフカの発言を理解するのに多少時間がかかった。
つまり、どちらもそう変わりがないけど、見通しが良いだけ獣ケ原の方が良い。
そう言いたかったのだろうと28号は思った。
「帝国城にあってここに無いものの一つに音楽があるな。」
ケフカはまたグルーミングを始めた。
「虫の鳴き声とモンスターの吠え声しか聞いていませんね。」
「そういえば、おまえはあのピアノを聴いたのでしたね。
あれを聴いて何か気がついたことはありませんでしたか?」
「中に自動演奏の機械も入っていないようなのに、勝手に鳴るなんて不思議でした。」
「ああ・・・そんなところか、そうじゃなくて曲を聴いて何か気がつかなかったか?」
「綺麗な曲だと思いましたけれど・・・・。」
ケフカは28号の手から膝の上を通って自分の寝袋の上に走っていった。
花に囲まれたトイレがある。
「そう、いい曲だ。しかし、何かが欠けている。」
「何ですか?見当もつきませんが・・・。」
「メロディーだ。あのピアノの奏でる旋律の全てが、伴奏だと思う。」
「えー・・・というと、どういうことなのですか?」
「うん、つまり世界のどこかにもう一台勝手に鳴り出す楽器が
あるんじゃないかとぼくちんは予想している。
一台じゃないかもしれないけれど・・・・・・・・・・・。」
トイレからもどってきたケフカは28号の膝の上に乗った。
「で、楽器が2つあるとどうなるんです?」28号は質問した。
「多分完璧な曲が聴けるのじゃないかと思う。
伴奏ばかりでメロディーが無い音楽を何度も繰り返して聴いてみろ。
本当はどんな曲なのか、気になって気になってしょうがないぞ。」
「そんなものなんですか・・・。」
「うん、だから今度おまえが人間にあったら、
さりげなく月の光で鳴り出す楽器の情報を集めるのだ。」
「はい、わかりました。ケフカ様。
あのー・・・、ちょっと毛皮に触ってもよろしいですか?」
「うん、かまわないぞ。毛並みが気に入ったのか?」
「立派な毛皮です。」28号はケフカをなでた。
ジャンガリアン・ハムスターの体は28号の手の半分の大きさもない。
背中をなで、あごの下をなでると、ケフカの目が三日月のように細くなった。
「なでられると毛並みが乱れるのが気になるんだが、そう悪い気分ではない。
・・・ただなぁ・・・、ペットになったみたいで多少落ち込むな。」
「あの、敬意をもってなでていますから、気になさらないで下さい。」
「なら、いいのだ。」ケフカは更に目を細めた。
28号はしばらくケフカをなで続けた。
「満足したか?もう寝るぞ。」
なでられあきたケフカは、28号の手から降り、
自分の寝袋の上でグルーミングを始めた。
「おやすみなさい。」
28号も自分の寝袋にはいった。しかし、すぐには眠れなかった。
あのふかふか・・・。
あのふかふかー!!と脳内でこだまさせつつ、
右を向いたり左を向いたりしていた。
同じ大きさになって抱きしめたい。
モンスターの恐怖もふかふかの毛皮の前に雲散霧消していた。
ネズミに変身してしまったのは、
ケフカにとっては精神的にも肉体的にも大打撃だった。
28号にとっても、非常にショックなことだった。
しかし、その反面、ケフカとの心の距離も
体の距離も近くなったような気がする。
何の用もないのに、背中や頭やおなかや顎の下などを
触っても良い人ではなかった。
今では許可さえとれば、触り放題・・・。
触っている毛皮の感触も好きなのだけど、28号の脳内では人間の姿に変換されている。
これを幸せといわず何を幸せといえばいいのだろう・・・。
おまけに「そう悪い気分じゃない」というケフカの言葉も
脳内でリピートされていて、止まらない。
逆バージョンを想像する。
自分がジャンガリアンになって、ケフカ様にひたすら全身撫で回される。
これはこれで、たまらない。
28号はいまにもとけてしまいそうな表情のまま眠りについた。
ロメロと別れてから2日たった。
遠くに薄い水色に見えた三日月山の色が濃い青になってきた。
かなり近づいたようだと28号は思った。
モンスターはまだ現れない。
時々遠くから視線や気配を感じる事は何度かあったのだが。
午前中に28号はいのししを槍で倒した。
急にチョコフレイク号の前に飛び出してきたのだ。
28号はケフカの指導の下、いのししの解体作業を始めた。
それを斧で落としたいのししの首とケフカが見守っていた。
まず、足首のところからナイフを入れて皮を腹から背の方へとはいでいく。
白い脂肪はナイフでサクサクときれていくのだが、
りんごの皮をむくのとはちがって
複雑な形で、その上慣れていない。
鶴は首を落として足を持って力いっぱい振り回せば何とかなったのだが・・・。
ケフカは途中でリュックに戻って寝てしまった。
3時間ほどかかって皮が剥げた。
一段落ついた28号は、草むらの中から来る複数の視線に気がついた。
緑の草原の中に灰褐色の耳と背中がある。
距離は20mほど先。数は2体。大きさはそれほど大きくは無い。
なんだろう?残飯目当てのモンスターかな・・・。
あんまり邪魔されたくないんだよな。これでガマンしてくれないかな・・・。
28号はいのししの頭を持つと、モンスターの方へと歩いた。
草むらの中の耳は動かない。金色に光る目が見えた。
「これあげるからー、僕の邪魔をしないでくださいねっ!
保存食沢山作って、皮もなめす予定なんですからっ」
いのししの頭をモンスターの後ろの方へ向かって投げた。
2匹の大きな犬型モンスターが、草むらに消えた生首に向かって走っていった。
体長は尻尾を入れると2mぐらいあった。
一匹は首のところが赤くなっていた。
28号は再びいのししの解体作業を始めた。
たっぷりと腿肉のついた足を切り離し、内臓と分けるのにさらに2時間。
「まあ、とりあえずお昼にしたらどうだ?」
ケフカはリュックの上にすわりどんぐりの器で水を飲んでいる。
「燻製を作ろうかと思ってるんですが・・・。干し肉ももうありませんし。」
28号はいのししの脂まみれの手をそこらの草になすりつけた。
「そうか、じゃぁ・・・今日は前進しなくてもいいぞ。無理するな。
俺の目には見えないが、三日月山らしきものは見えるのだろう?」
「はい・・・。」
「新鮮ないのししのレバーは焼くとうまいし、腿肉も焼くとなかなか良い。
とりあえず、早く食べたらどうだ?」
28号は金属の皿の上に大き目の葉っぱを2枚置いた。
ファイアを唱えつつ切り取ったレバーと肩の肉をそこへ向かって放り投げた。
肉塊は炎に包まれ、葉の上に落ちた。
あたりに香ばしい匂いが漂う。
「ふーん。なかなかしゃれたマネをする。」
28号はこんがり焼けた肉とレバーを、ケフカ用のさらに小さな葉っぱの上に取り分けた。
「ケフカ様、どうぞ。」
「うむ。」
ケフカはリュックの上で、ハコベと肉とレバーを交互にかじっている。
「うまいぞ。」
「よかったぁー。」
28号はケフカの体の何倍もある肉にかぶりつく。
銀の人魚号の食事に出た豚肉よりおいしい。野生の香りがする。脂身が甘い。
肉汁が28号の口の横から流れて落ちた。
「晩はフライパンで焼いてみろ。これもうまいがじっくり焼くとさらにおいしいぞ。」
「レバーおいしいですね。」
「燻製を作るなら、煙がいるな。木のあるところへ移動するのだ。」
「レバー以外の内臓はどうしたらいいんでしょう?」
「ん・・・。面倒だから捨てていこう。僕ちんはあまり好きじゃない。
ま、本来なら残さず食べるのが原則だが・・・。」
「わかりました。ケフカ様。」
ケフカは食べ終わるとまたすぐにリュックの中にひっこんでしまった。
28号はいのししの肉をチョコボに載せた。
草むらの中からふと視線を感じた。
三角形の耳が二組・・・10mほど先からこっちを見ている。
さっきの犬型モンスターだ。
「内臓はあげるから、僕を食べないでね。」
28号は内臓の塊をモンスターと自分の間ぐらいに投げた。
内臓と28号を交互に見ながら、2匹が近寄ってくる。
一匹の首を見ると、さっき赤く見えたのは首輪だったことが確認できた。
28号は、モンスターが内臓を食べ始めたのを確認してからチョコボを走らせた。
1時間ほどで小さな林が見つかった。
28号は木の枝にいのししの両手と両足をつるすと、周りの木を倒し始めた。
若い木が多く、斧を3回ほど入れて足でけると簡単に倒れた。
10本ぐらい倒すと、ファイアを唱えた。
これで燻製ができるはずなのだ。
燃える林をあとにして、燃料用の木をゲットしたころには、もうテントの
準備をした方が良い時間になっていた。
28号はテントを立てて、穴を掘ってかまどの準備をした。
鍋の水をファイアでお湯にすると、骨付きのばら肉を放り込んだ。
長時間煮るために、かまどに木をどんどん足していく。
鍋がごとごという音を聞きながら、フライパンに肉を載せた。
あたりはすっかり暗くなっていた。
「ケフカ様、のどは渇いていませんか?」
28号はテントへ行くと、リュックの中からだいじ袋ごとケフカを出した。
「水もおやつも十分袋の中にあるから不自由はしていませんよ。」
ケフカが袋の中から小さな顔を出した。
ねずみの顔はかわいらしいので、一見するといつでも上機嫌に見える。
本当に機嫌がいいかは話してみないとわからない。
「もう少しでお肉がやけます。」
28号はだいじ袋を首にかけるとテントを出た。
「そうか、ご苦労だったな。燻製はうまくできそうか?」
「明日、見に行きましょう。とりあえず、煙は沢山出てましたから・・・。」
「ふーん。楽しみだな。」
「ごはんを沢山つくっておいて、明日からは全力で三日月山へ向かいます。
たぶん・・・あと3日くらいでつくんじゃないかと思います。」
「うん。あまり無理はするなよ。」
「はい。」
「なにしろ、僕ちんがもとにもどらなかったら、
大三角島のあの村を焼き討ちにしなくちゃならないんだから。」
「・・・その場合は、村人を一人一人拷問にかけても、
ケフカ様が人間に戻れる方法を絶対に見つけますから。」
「そうだ、28号。おまえ、何か欲しいものはありますか?」
「えー・・・・欲しいものですかぁ・・・?」
28号はフライパンの上の肉をひっくり返しながら考えた。
肉の厚さは15センチくらいで直径は25センチぐらい。
ステーキと言うより塊肉そのものだ。
「ケフカ様の子供。」
「むりやり笑いを取ろうとするな、28号。」
「ケフカ様の愛。」
「僕ちんに愛なんて無い。」
「ケフカ様にはないんですか?本の中には沢山あったのに。」
「無いな。おまえは船の中で船員どもから借りて本なんぞ読んでいたようだが、
あの手の本には腐るほどあったろう?愛とか恋とか。」
「いろいろありました。こう、きっかけはむりやりだったり、
なりゆきまかせだったり、実は最初から両想いだったりとか。」
28号の読んだ本・・・。長く陸を離れて女のいない航海に船員が持っていくような
小説が多かったのである。愛とか恋などといっても、かなり肉体派な内容だった。
そうでない本も読んではいたのだが・・・。
「ふふーん。ひっかかったな、28号。」
「えっ!?どこですか」
「本を読んだことだ。ああいうものは読んだ時点ですでにだまされるのだ。
いや、むしろ中に書いてあることにだまされたい奴が読むものだ。小説なんかは特に。」
「えーと・・・。つまりそれは、どういうことでしょう?」
「愛なんてものは存在しない。皆が安心するためにとりあえず
そういうものがあるということにしているだけなのだ。
それに、無いという現実をわざわざ本の中で読む奴につきつけてみろ。
次の話が売れないだろう?
人間は、打算と幻想と欲望で世界は成り立っているなんて思いたくないものだからな。」
「・・・・・。愛以外で欲しいものですね?」
「城なんかどうだ?」
「お城ですか・・・。うーん帝国城みたいな感じのものですか?」
「あんなには大きくないが、20部屋ぐらいあって4階建てぐらいのだ。
山の上とか、湖の側とかいろいろあるぞ。」
「あるぞって言う事は、ケフカ様、もしかしてお城もってるんですか!?」
28号は胸のだいじ袋から頭を出しているケフカに問いかけた。
「おまえは・・・・僕ちんが、帝国城に住み込みで働いていると思っていたのだな。」
「あそこに住んでいるわけじゃなかったんですか?」
「ふん、『住み込み、三食まかないつき』では、駆け落ちした男女が
場末の温泉宿で働くような条件だな。あるいは職人の弟子入りか、身売りされた娼妓か。
まぁ、逃げられないのは僕ちんも一緒だが。
・・・・・城なら5つほど持っている。
しばらく行っていないから、1つくらいなら欲しがらないか?」
「欲しがらないかって言われましても・・・。」
28号は困った。お城といわれても、全然イメージが湧かない。
帝国城ほどじゃないけど、大きな建物、多分ソレをメンテナンスする人がいて・・・。
えーと・・・掃除が大変?。
「土地つきの領民込みだぞ?」
「・・・・よくわからないのでいりません。」
「そうか。じゃ、くれてやらん。」
「はい。あ、他に欲しいものが思いつきましたっ!」
「言ってみろ。」
「ケフカ様と添い寝する権利。」
28号は柔らかい表現で、自分の欲望を遠まわしに伝えてみた。
「なんだそんな事か。それはすでにある。」
「あったんですかっ!?」
一瞬にして28号は幸福の絶頂を見た。
「俺がそうしたいと思ったら、おまえには拒否権は無い。」
「拒否なんて、決してそんなことはしません。」
「他は無いのか?」
「えー・・・。怒らないでくださいね。
じゃ、おはようとおやすみのキスをしてもらえる権利と言うのはどうでしょう?」
「それも添い寝と同じだな。」
「拒否権が無いと言う事ですね。ん・・・?」
どうやら28号にもケフカの言わんとすることがわかりかけたようだ。
「ケフカ様、もしかして・・。」
「僕ちんはおまえと朝夕キスしたいとは望まないと思うがなぁ・・・。」
「ああ・・・。やっぱり、そういう事だ。」
「そんなことで、がっかりした顔をするな。子供のようだぞ。
私がねずみになってからの、おまえの働きが予想外に立派だから
褒美に何かくれてやろうかと思ったのだ。」
「うふふふ・・・。立派でしたか。ふふふ・・、うれしいな・・。」
28号は満面の笑みを浮かべた。
「敵に襲われる事も無く、日々快適に過ごしていますからね。おまえのおかげですよ。」
「えっへへへ―――。褒められたー。」
「で、何か欲しいものはないのか?
くれてやるといってもすぐ出せるものじゃないからな。
旅用のスパイスセットとか、今欲しいものを言うなよ。」
「うーん。物体なんですね?」
「そのほうが確実でわかりやすいだろ。」
「・・・・・・・命ある限りケフカ様と一緒に過ごさせていただくという事でいいです。」
「むうぅ、俺様の言ったこと理解していないな。褒美の件は保留だ。」
「あれっ?ダメですか。」
28号としては、ちょっと考えて穏便な願いを申し出たつもりなのだけど、
ケフカは気を悪くしたようだった。
「物。事じゃなく物。」
「物は・・・、思いつきそうにありませんので、保留にしてください。」
「もう、今保留に決めたばかりですよ。・・・28号!肉大きすぎだぞ。
こんなんじゃいつまでたっても焼けないんじゃないのか!?」
ケフカは袋から上半身を出すと、両手でグルーミングを始めた。
28号は肉にナイフを入れてみた。中は全然焼けていない。しばらくかかりそうだ。
脂身ばかりが解け始め、フライパンに1センチほど溜まっている・・・。
肉はおいしかったのだが、ケフカの不機嫌は朝まで続いた。
28号はケフカと遊んでもらえなかったのだ。
いのししを解体した次の日の朝、朝食を終えると28号はスープに
入っている骨を捨てようとした。
すると、3mほど先の草むらの中に昨日見た耳がまた2組いた。
28号は警戒しつつ、骨を遠くへ向かって投げた。
2匹の犬型モンスターは吠えながら骨を追い、草原の中へ消えていった。
ケフカはリュックの中でもう眠っている。
28号はモンスター辞典を調べてみた。
あった。シルバリオだ。
レベルにして5くらい、弱点ー炎とある。
魔法は使ってこないようだし、モンスターというよりただの大きな犬というような
感じがした。
そういえば、軍隊でもベクタハウンドを使っていた。
あのシルバリオも、首輪をつけていたから
人間にお世話になっていたのだろう。
28号は荷物をチョコボたちに乗せると、いのししの肉をつるしておいた
林へ行った。林は半分ほど焼けて所々まだ白い煙が細く上がっていた。
つるしておいた肉は、うまい具合にいぶされているようだ。
表面に光沢がついている。
すすを払って、大きな蕗の葉で肉を包んだ。
出来具合はケフカ様に見てもらわないとわからない。
三日月山のほうへチョコボをむけた。
ずっと平野だったのに、心なしか緩い上りになってきているような気がする。
はえている植物も微妙に変わってきていた。
今では見渡す限り猫じゃらしがたくさんはえている。
ところどころに、薄紫色の菊のような丈のたかい花が固まって咲いている。
猫じゃらしは、南大陸にあったものよりふた周りほど大きくてふさふさしていた。
28号はむしりたくてしょうがなかった。
しかし、前進優先なのでガマンした。
昨日よりもモンスターを見かけることが多い。
襲われる前に駆け抜けているので、まだ今日は戦わずにすんでいる。
ただ、シルバリオが2匹、微妙な間隔を置いてついてきているような気がする。
骨をあげてからは見かけていないのだけれど・・・。
空は晴れてい天気は良いが、やや寒い。
これ以上寒くなるようならマントを着たほうがいいかも。
28号が腕時計を見ると12時を過ぎていた。
そろそろお昼にしよう・・・。
28号は猫じゃらしの草原にチョコボを止めて、荷物を下ろした。
折りたたみ式バケツに、ブリザドで氷を作った。
チョコフレイク号とチョコナッツ号は、氷をつつきはじめた。
チョコボたちの頭をなでた28号は、便意を感じた。
折りたたみ式スコップを持つと5mほど離れたところに、穴を掘った。
小の場合はその辺にするのだけど、大の場合は穴を掘ってきちんと埋めているのだ。
モンスターがいないか確認したあと、おしり拭き用の葉っぱを握って28号はしゃがんだ。
猫じゃらしの穂先は丁度28号の目の高さにある。
そよ風に柔らかそうな穂がゆらゆらとゆれている。
あとちょっとで出切るという瞬間、猫じゃらしの間から急に黒い鼻が目の前に出てきた。
「うわっ!?まってまって今はだめだあ!」
伸ばした28号の手にモンスターの熱い息がかかる。
つづく
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