金紗のベールとノクターン その13 ZAZA9013
・・・スリプルの魔法が解けたケフカは、28号のベッドの上の時計をみた。
時間は1時13分。
28号はというと、ケフカのベッドの上に座って本を読んでいる。
タイトルは[ガストラ帝国魚類図鑑 第一版]である。
ケフカが「見ているだけで船酔いが悪化する」と言う
丸い小さな窓を背中で隠すようにしている。やや不自然な姿勢だ。
ケフカは明るい声で28号に語りかけた。
「28号、お昼へ行こうか?もう、潜水航行実験は終わったんだろ?
・・・午前10時から11時30分までだったよなー。」
「は・・・はい。そうでしたね。」
「お昼になったら起こしてくれと言ってあっただろう。・・・本に夢中になっていたのか?
それとも、僕ちんがぐっすり眠っていたから起こすのがはばかられたのか?」
ケフカはベッドから上半身を起こすと首をぐるぐると回した。
28号が指を挟んでいる魚類図鑑のイカのページがチラッと見えた。
「それに・・・、なんで俺のベッドの上で本を読む?じゃまだぞ。
こっちにいなくても俺のことはまもれるだろう」
ケフカの笑顔に28号はいたたまれない様子だ。
「すいません。・・・・・」
おかしい、とケフカは直感的に感じた。
28号が叱られておどおどしているのはいつものことだが、何かがいつもとちがう。
魔導エンジンの音はいつもより頭にひびく。
空気・・・温度調整されたなまぬるい空気が通風孔から出てくるのは
いつもと一緒だが・・何かがちがう・・・・。
気圧か?
いや、密閉できる船であることはたしかだが、潜水航行実験は終わったはず。
もう甲板に出られるはずだ。
ケフカは赤いリボンで髪を結びながら28号に言った。
「おまえ、もしかして私に隠し事をしていませんか?」
ケフカの問いに体格の良い28号の体が一回り縮んだようだった。
こいつは隠し事には本当に向いてない奴だ。
ケフカは思った。
何を隠しているのかは正直言ってものすごく知りたくない。
本能が拒否する。
しかし、聞かないと、昼飯が食えないような気がする。
「え・・・・えーと。・・・・・・・・この本おもしろいですよ」
28号は魚類図鑑をケフカに見せた。
「フン、本なんぞ読まんわ。それより28号そこをどけ。」
「・・・・・どきません。ここがいいんです。落ち着くんです。」
「俺様にはむかう気か!?28号。実力で排除してやるぞ。」
ケフカはクリティカルつっこみの構えをみせた。
「あああ、それは嫌です。ごめんなさい、ケフカ様。」
28号が自分のベッドの上に転がるように戻ると、窓から外が見えた。
「あのー・・・ケフカ様。怒らないでくださいね。」
28号の声はケフカの耳には届いていないようだった。
ケフカが状況を理解するのに2分ほどかかった。
窓の外を見つめるケフカの姿は、石像のように固まっていたように28号にはみえた。
窓の外は昼間だというのに濃いロイヤルブルーの闇だった。
そして、窓にはカフェのウエイトレスが持つ銀のトレイほどの大きさの丸くて白い吸盤が張り付いている。
船室の窓から漏れる光が水に吸い込まれていた。
ケフカは窓の外を凝視したまま28号に言った。
「・・・・いま、お昼の一時だよな。」
「はい」
「潜水航行実験は深度20mで、時間は10時から11時30分でしたよね」
「・・・はい」
「この外の闇はどうしたのですか?」
「・・・・たぶん、光の届かない深みへ船が行っているからだと思います。」
「それであの窓に張り付いている気色悪い吸盤はなんですか?」
ケフカの声がだんだんとんがってくるのに比例して
28号の声は涙声となっていく。
「その・・・11時頃におっきなイカにしがみつかれて、イカがまだくっついているからだと・・・」
ケフカの金髪が逆立つようにざわっとうごいた。
「ごめんなさい。ケフカ様、ごめんなさい。僕どうしていいかわからなかったんですぅー。
ケフカ様気持ちよさそうに寝てたし、イカがくっついた状態でケフカ様起こしたら
絶対怒り出すし・・・・・・・」
「むぅ、緊急事態なのではないか。そういうときは起こしていいのだ!」
ケフカはベッドから降りた。
28号はケフカのクリティカルデコピンを予想した。
この近距離は来る!絶対あたる・・・というか、よけられないよぅ・・・と
28号は思った。よけたらよけたでよけいに怒られる。
ケフカの右手は、28号の予想に反して28号を小突くことなく静かに船内電話へむかった。
「ブリッジ、ケフカだ。誰でもいいから現況を報告しろ。
今、深さはどれくらいだ?窓にとりついているあれは何だ?
魔導レーザーはどうしたのだ?推測でもかまわん、お前のわかる範囲でいいぞ。」
「ケフカ様、リージです。現在深度は120mです。
窓に張り付いているのは巨大なイカ、もしくはイカ型モンスターです。
大きさはこの船と同じくらいかそれ以上だと思われます。
魔導レーザーは水圧により使用不能状態だと思われます。
イカ本体は船の下方から張り付いていてレーザーの死角にいます。」
「空気は持つのか?」
「あと72時間分あります。」
「もう一つ聞くが、今は船のスクリューとイカの力とどっちが勝っているんだ?」
「現在最大出力ですが2時間ほど膠着状態です。
おそらく奴は海底の岩場を足がかりにしていると思われます。」
「そうか、わかった。」
ケフカは受話器を置いた。
電話の内容は28号にも聞こえていた。
ケフカはそのまま特別船室をでようとした。
「ケフカ様、どこへ行くんですか?僕もおともしますぅー」
「どこって・・・こんな船にのってられるか!!」
「まさか、今船からおりられるんですか!?」
「限界だ!限界!!胸が苦しい。
この密閉された中にいるとてつもなく嫌な感じってのがおまえにはわからんのか!」
ケフカが特別船室のドアをあけると、船内の照明は赤く回転する非常灯だけだった。
「お気持ちはわかりますけど、イカだって魔導エンジンには負けますよ。
空気もあることだからもう少し待ってください。」
「魔導エンジンなんかなーあんなもんいつ止まるかわからないんだぞ!!
こんなところで僕が一分一秒でもいられると思うのか!?バカッ」
「じゃ、どうするんですかケフカ様−−−。
あ、船の中から魔法でイカをやっつけるんですね?」
ケフカは船底のほうへ向かって歩き出した。
「それは無理。この船はミスリルで対魔法コーティングしてある。
俺が魔法を使ったら舟の中から装甲を破壊してイカに届く。
そんな乗組員を一気に心中させるようなぬるいことはしない。
絶望に苦しんでじわじわ死ねばいい。」
「えーっ。」
「船底に潜水作業口があったろう。そこにタンクのいらない潜水服があるはずだ。」
「今出たら死んじゃいますよ」
「止めるな28号。地上の空気を吸わないと俺はここで自爆するぞ!!」
「ああ、僕はどうしたらいいんでしょう・・・ケフカ様。」
「出られるかどうかわからん所にいつまでも閉じ込められているバカがいるか!?」
「やっぱりケフカ様についていきますぅー」
鳴り響く警報音のなか2人は潜水作業口へとついた。
28号とケフカはタンクのいらない潜水服を着た。
頭部が透明なピカピカ光る素材でできていて、海水から空気をとりこむことができるのだ。
28号が2重扉のロックを解除した。一枚目の扉をしめて外から注水するのだ。
注水バルブを開きながら28号はケフカに言った。
「あのー・・・ほんとーに出るんですか?」
水が壁から噴出すようにでてきた。
「くどいぞ!!28号。出るといったら出るんだ!!」
「あの・・・水中での圧力は、水深10mで地上の2倍、
20mで3倍、120mだと・・・」
「ほう、よく知ってるな。
俺様も潜水服が120mの圧力に耐えられるとはちっとも思っていない。」
「そぉんなぁー―−ーーーー」
海水はあっという間に28号の肩まで来た。
「この潜水服が壊れる前にアルテマを連打して水面にでるのだ!!」
それ以上は水の流れ込む音で28号はケフカが何を言っているのか聞こえなかった。
28号は海とつながっているハッチを開けた。
幸いにもそこはイカの足が巻きついていなかった。
太陽の光がほとんど届いていない。
イカと船ががんばっているせいで海底の泥が巻き上げられて水が濁っている。
潜水服の両手首についている夜光石の光だけでは3m先も見えない。
どちらを見ても絶望的な閉塞感だ。
ケフカがハッチから海に出ると28号は急いで外から閉めた。
「ケフカ様、水がどんどん入ってきますー。」
28号は言ったもののケフカには聞こえていないようだった。
すごい勢いで潜水服の中に冷たい海水が入ってくる。
おぼれてしまう。
と同時に潜水服が急に重たくなった。
泳ぐ海水もただの水ではない、すごく抵抗のある重い水だった。
28号は必死で上へ向かって泳いだ。水はあごまで来ていた。
空気は吸えばなんとか肺へ入ってくるけれど、肋骨全体に力を入れないと
鼻と口から一気に出きってしまいそうだ。
ああ、つぶれてしまいそうだ・・・ケフカ様大丈夫かな・・・?
28号が斜め下のケフカを見た時重い水の抵抗をまったく無視したスピードで、
イカの足がケフカのほうに向かって伸びてきた。
視界が悪いので、吸盤のついた足は突然水中に現れたように28号には感じられた。
「ケフカ様っイカの足っ!!」28号は叫んだ。
紫色の閃光と激しい衝撃が28号を襲った。
ケフカがアルテマを使ったのだ。
アルテマのエネルギーがそこらじゅうの水を一瞬にして水蒸気にする。
泡の流れに28号は巻き込まれた。
ただ強い力でどこかへと押されていく。目の前は泡しか見えず、上下左右がわからない。
耳なりのギ−ンという音がする。
更に閃光が水中を走った。光り輝く無数の泡が28号の目に焼きついた。
衝撃波は28号の体を容赦なく通り抜け、激しいショックをあたえた。
少しの間28号は気を失っていた。
海水を飲み込んでむせて28号は目が覚めた。
溺死の恐怖にパニックになりかけた。
頭部の浸水はおもいっきり上を向いてかろうじて鼻が水から出るくらいだった。
胸郭全体に力を入れて28号は息をした。
潜水服の頭部は海水から空気を漉し出した。
ただし、ゆっくり吸わないと頭部にたまった水の水位が上がってくる。
うわ、これほんとにぎりぎりだよう・・・。
魚が何匹もただよっているのが泡の隙間からみえた。
魔法の衝撃で失神したのか、ひれを動かすことなく適当な方向を向いて流されている。
魚類図鑑に載ってない魚もいた。
とにかく、上にあがらなくちゃ・・・・。
水の色は深いブルーからグリーンへと明るくなっていく。
泡の隙間から太陽の光が届いてきている。
沢山の泡よりはやいスピードで28号は上がっていく。
水中に出た時のような全身の圧迫感がなくなってきた。
潜水服の中に入ってきていた水が28号の口の高さまでさがった。
水が軽い。
両腕で水をかくと一かきごとに、上へと加速していった。
近づいてくる水面は、たゆたう光の鏡のようだった。
海の中が青く見えるのは、きっと空が青いからだと28号は思った。
28号の頭が水面から出た。
しかし、上昇はそれだけにとどまらなかった。
胸も足も海から完全に浮いている。
潜水服の踵から水が海に滴り落ちている。
「あれ?あれ?あれれー?」
28号があわてて、頭部を必死でぐるぐると回すと潜水服の頭部がはずれた。
頭部に入っていた水が抜けた。楽に呼吸ができる。
耳はまだキンキンしている。
水面より5mほど上の空間に28号は浮いていた。
それ以上は上へは行かないようだ。
どうして・・・?
もしかして、ここは天国・・・・。
僕は死んだのかもしれない。
そう、28号は一瞬思った。
が、足元に上がってくる沢山の泡を見てすぐ正気に返った。
「あ、ケフカ様が上がってこない!ケフカ様!ケフカさまー」
叫んでも返事はない。
水面に近寄りたくても28号の体は浮いたままだ。
28号がじたばたしていると、沢山の泡とともにケフカが上がってきた。
潜水服の頭部が外れている。
「ケフカ様!生きてますか!?ケフカ様っ!」
ケフカは閉じていた目を開けて、大きく深呼吸した。
「死んでいたら返事できないだろう・・・。」
ケフカは少し微笑んだ。
「ケフカ様−−−!!」
28号はケフカのそばへ行こうとじたばたしたが、くるっと前に一回転しただけだった。
潜水服の中の海水が首の部分からざーっと流れ出た。
ケフカとの距離はあまり変わらない。
ケフカは28号より3mほど離れた所に浮いている。
「28号、あれはもってきたのか?」
「え、なんですか?あれって?」
「アヒルちゃんだ。」
「・・・忘れました。」
「そっか・・・。惜しいことをしたな・・・・。・・・残念だ。」
ケフカは海中をじっとみている。
28号はおそるおそるケフカに聞いた。
「ケフカ様・・・・。その、残念って
・・・もしかして船、・・・・・・・・沈没したんですか?」
「ん?今沈めてやろうと思ったけれど、アヒルちゃんが中にいるならやめる。」
「沈んでないんですねっ」
「不満なのか?お前が船まで行ってアヒルちゃんをとってくるなら
沈めてやってもかまわないが・・・・。
アルテマ2、3発食らわせる余力は残っているからな。
やっぱり沈めるならきちんと狙わないと。」
「いえ、沈めなくっていいです。・・・・それよりケフカ様、潜水服の頭がなくて大丈夫だったんですか?
あの、イカは?みんなは大丈夫なんでしょうか?」
「イカは焼きイカだ。船はアルテマの巻き添えだな・・・。よく見えなかったんでどうなったかは、わからんが・・・
魔導エンジンはまだ生きているな・・・うまくいえないが、生きている感じがする。
そのうち、上がってくるんじゃないか。
・・・お前がアヒルちゃんを持ってきていれば、上がりかけたところで沈没させたのに。惜しいな。」
「・・・・ケフカ様、ほんとーに船、嫌いなんですね。」
「うん。」
泡が上がってこなくなった。
「ケフカ様、耳はなんともありませんか?僕、まだ、きんきんします。」
「水中で魔法は使うべからずだな。あんなにガツンと体に来るとは思わなかったな。
・・・・アルテマを使ってから潜水服の頭の中まで海水がきちゃって、あせって頭を外してしまったよ。」
「はずしちゃったんですか!?水中で」
「ああ、外しても顔の周りは海水なんだよ。本当に、うんざりだ。」
ケフカは髪から顔に垂れてくる水を潜水服の手の甲で払った。
「息は?」
「しなかった。」
「しなかった!?しなくて平気なんですか!?」
「んー・・・。自分の時間を止める魔法をかけたのだ。これはほっとけば勝手にとけるし・・・。
すぐ浮かんでこられるように、レピテトの魔法をお前にもかけたから
適当に待っていれば水面に出るだろうと思ったんだ。」
「それで、僕浮いてるんですね。
ああ・・・てっきり天国へきちゃったのかと思いました。」
「天国か・・・。そんな都合のいい場所など俺には現れないのだろうな。」
ケフカは、細い顎を両手で包むようにして、海を見ていた。
28号はケフカに何といっていいのかわからなくて困った。
ケフカは近くにいるのに自分がいくら手を伸ばしても届かない・・・そんな感じがしたのだ。
28号はケフカのそばへ行こうと空をけった、また前転してしまった。
「なにをじたばたしているのだ?28号。元気が良いぞ。」
「いえ、移動したいんですけど足ががりがなくて・・・・。」
「私ははげしく疲れたぞ。
プロテスとシェルをかけてから水中に出たのに、全身がきしむようだ。」
「ケフカ様、プロテスとシェルって何ですか? 」
「魔法攻撃と物理攻撃に防御力を高める呪文だが、知らないのか?
何にもかけないで水中に出たのか?」
「ええ・・・」
「・・・未知のモンスター相手に対抗策ゼロで出て行ってはだめだろう・・・。
しかたない、ケアルガをお前にもかけてやる。」
「ありがとうございます。」
光が二人の体をつつんだ。
「なんだか楽になりました。」
お礼をした28号は、勢いで一回転してしまった。
「かっこわるいぞ、28号。魔力というか、気合で体勢を維持しろ。
魔法で浮いているのだから・・・レピテト使えないのか?」
「つかえません。知らないんです。」
「だめだなー。長い階段上る時に便利なんだぞ。荷物が重い時とかも楽だし・・・。あとで教えてやる。」
「お願いしますケフカ様。」
「うん、わかった。
しかし、こうしていても埒があかん。
面倒だからこのまま東大陸まで行けないものかな。」
「魔法でですか?」
「今、考えている最中だ。浮きながら思いっきり爆風で進む・・・のは衝撃のダメージで疲れちゃうしな
。一回くらいなら我慢するが・・・。
そこらのモンスターか魚に引っ張ってもらうのが一番楽なんだが・・・。
何日かかるかわからないのが、ネックだな。方向も不正確になりそうだし・・。
デスゲイズでも飛んでこないかな。あいつなら早いだろうから・・・・。」
ケフカはあたりを見回した。
「今の時期に東大陸へ向かって飛ぶ鳥がいたらいいんですけどねー。
あ、ケフカ様あそこ!」
2人から50mほど離れた先に銀の人魚号が浮上してきた。
「・・・悪運の強い連中だ。」
ケフカは舌打ちをした。
「みんな、無事だったんですね。よかった。」
「でも僕ちんは船には乗らないぞ!!もう、絶対乗らない。」
「え・・・!」
「揺れるし、沈むし、体調が悪くなる。乗らないといったら乗らない。
このまま東大陸へ行く方法を考えつくのだ。」
ケフカは銀の人魚号にくるりと背をむけて目を閉じた。
28号は困った。
この大海原で沈まずに東大陸まで行く方法など思いつかない。
ケフカ様の魔法にだって限界があるはず。
船に乗っていくのが一番安全そうな感じがする。
・・・ケフカ様を説得・・・・。
・・・・どうやって・・・・?
ケフカ様のほうが頭が良いから、自分が説得するのは多分無理。
ああ、どうしたら・・・・。
28号が脳みそ総動員で悩んでいると、微速前進で銀の人魚号が2人の目の前まで来た。
甲板の上にはセブロン船長以下乗組員のほとんどが勢ぞろいしていた。
全員が直立不動で2人に向かって敬礼している。
「ケフカ様、銀の人魚号を救っていただいてありがとうございます。」
セブロン船長は宙に浮いているケフカに向かって言った。
しかし、ケフカは船に背を向けたままだ。
船とケフカの間にいる28号は、とりあえず敬礼したが、
どうしたら・・・ああ・・・どうしたらいいんだ・・・!?で頭の中がいっぱいだった。
「ケフカ様、昼食の準備もできていますし、
シャワーのお湯も使用可能な状態ですので、どうかお戻りください。」
と、セブロン船長が言った。
「うん。」
ケフカは28号の腕をつかむと甲板に下りた。
意外な展開に28号は口がきけなかった。
「潜水服が重たいな。早く脱がせてくれ。」
ケフカの言葉をきっかけに、甲板に歓声が上がった。
ケフカは大勢の手によって潜水服から引き抜かれるように脱がせてもらっていた。
気がつくとみんなの手で持ち上げられて甲板の上を移動している。
28号も「えらいぞ」とか「ありがとう」といわれながら、
ばしばしとたたかれたり、なでられたりした。
クルーの笑顔に28号は複雑な思いだった。
この人たちを沈めようとしていたんだよな・・・ケフカ様・・・。
冗談じゃなくて、かなり本気で・・・・。
うーん・・・・。あんまり良くないよなぁ・・・。
でも、いろんな意味で皆を助けてあげたのは事実だから・・・・
ま・・・・・・、いっか・・・。
ケフカは船の中まで皆の手で送られてしまった。
28号は歓声を掻き分けて必死にケフカのあとを追った。
特別船室につくと床に服が散らばっていた。
ケフカはシャワーを浴びていた。
「ケフカ様。」28号はドア越しに声をかけた。
「遅いぞ28号、いま頭を洗っているのだ。体を洗うのを手伝え。」
「はい。」
28号は靴だけ脱いでバスルームへ入ると、大きな海綿に石鹸をつけてケフカの体をこすり始めた。
シャワーのお湯が中途半端にかかる。
ケフカが髪をすすぎ終わった。
28号の頭にシャワーのお湯がかけられた。
28号はケフカの足をこすっているところだった。
「ちょうどいい位置に頭がある。」
「?」
ケフカは28号の頭にシャンプーをかけるとごしごし洗い始めた。
「効率を考えるとこの方が早く終わるかもしれん。」
「ありがとうございます。体はあとは泡を流せばOKです。」
「ん、早くお昼が食べたいのだ。急ぐのだぞ。」
ケフカは洗いかけの28号の頭はほおっておいて、自分の体をお湯で流すと
さっさとバスルームから出て行ってしまった。
28号は笑いが止まらない不気味な状態で、シャワーを使った。
「洗ってもらっちゃった、洗ってもらっちゃった、ふふふふ・・・」
を小声で繰り返していた。
28号がシャワーを終えるとケフカはまだ壁についているドライヤーで髪を乾かしていた。
28号は、急いで着替えて洗濯物を洗濯室へ持っていって戻ってくると、
ケフカはベクタ海軍の服を着ていた。
「もう3時近い。・・・お昼というより、おやつの時間だな。」
二人は士官食堂へといった。
船の損傷のチェックでもしているのか、船内の人影はまばらだった。
お昼のメニューは、バジリコのパスタとシーフードサラダと野菜のポタージュと、
ブルーベリーの乗っかったムースだった。
ケフカは文句を言わずに全部食べた。
あたたかいコーヒーを飲みながら、28号はおそるおそる言ってみた。
「ケフカ様。・・・船、沈めなくって良かったですね。」
「そうだな。人間は生かしておいたほうが使い道がある。」
「ブリッジへ行ってみますか?」
「んーーーー。やめておこう、忙しいだろうし・・・。お前に魔法を教えるのが先だ。
けど、少し水分がたりんな・・・。コーヒー部屋にもってきてくれ。」
「はい。よろしくお願いします。」
アルミカップ2つにコーヒーをつぐと二人は特別船室に戻った。
ケフカは28号を自分のベッドに座らせた。
「まず、把握しておかないとな。おまえの使える魔法は何だ?」
「ファイアとファイラとサンダーとサンダラとブリザドとブリザラです。」
「それだけ?」
「あ、あとケアルとエスナとポイゾナとリフレクです。」
「んーーー。まあ、人間相手ならそれだけ持っていれば死なないか。
とりあえず無敵だな・・・・妥当な線だな。」
ケフカはコーヒーを一口すすった。
「で、28号、帝国の魔法はどこから来たと思う?」
「え・・・モンスターに教えてもらったのでは?」
「うん、まあ、もとを辿ればな・・・。だが、使えるようにしたのはガストラ皇帝なのだ。」
「皇帝陛下なんですか・・・すごーい・・・。やっぱり偉い人なんですねー。」
「皇帝にはもともと特殊な力があって、過去に生きていた人間の記憶にアクセスできるんだ。」
「?」
「死んだ奴の魂を本みたいに読めるってことだよ。」
「ああ、辞典を見て調べるのと一緒ですね。」
「本ならタイトルがついてるからなー・・・「動物」とか「技術」とか。
調べやすいだろう?
人間の記憶にはいちいちタイトルがついていないからな。
帝国の技術は昔にあったものの模造品だよ。魔法もだ。
笑えるのは魔導大戦のあとの、世界中の落ちぶれっぷりだ。
魔法使いも、機械の技術者も戦争のもとになるといって皆殺しにしてしまった。
おかげで、有効な技術も途絶えきった。かろうじて残っていてもフィガロ程度だ。」
「ああ・・・、帝国の装備が優れてるんじゃなくてよそが遅れているだけなんですね。」
「そうゆうこと。
・・・皇帝は機械技術に関してはシド博士に原理をおしえて復活させた。で、魔法は僕。」
「うわーなんか生産者直送ですね。」
「野菜のような言い方だな・・・。」
ケフカは28号の隣に座って、コーヒーをベッドについている小さなテーブルの上に置いた。
「じゃ、あの、機械でバシッていうのをケフカ様がするんですね。」
「そういうことだ。あ、魔法をもらう時は魔法使う以上に魔力を消耗するから。
おまえの頭をちょっと貸せ」
「うわ。」
ケフカは28号の頭を左ひじに引っ掛けると側頭部を自分の頭にくっつけた。
「集中しろ・・・。いや、何も考えるな。」
「はい。」
「とりあえず、レピテトとシェルとプロテスだな。」
「大丈夫かなー。」
「黙れ。目を閉じろ。」
「はい。」
28号はケフカに抱きしめられる格好になってドキドキしていた。
28号の体がびくっと動いた。
「どうかな?上手くいった感じがしたのだが・・・・・・・・。」
「・・・頭の中に・・・ガツンと・・・あれ・・・?」
28号の目から大粒の涙がポロリとこぼれた。手が震えている。
震えはすぐに全身に広がった。
「どうした?28号。」
「わ・・・わかりません。何だかすごく・・・・・
悲しくて、さびしくて・・・うっ・・・。
井戸があって・・・町が壊滅して・・・」
28号は泣き出した。
「む・・・。余計なものまで行ったな。ちょっとまってろ!鎮静剤もらってくる。」
ケフカは立ち上がった。
「行かないで!」
「じゃ、止まってろ!!」
ケフカは28号にストップの魔法をかけた。
28号はケフカのベッドの上で手を伸ばしたままの姿で止まっている。
次にケフカはテレポの魔法を使って、初日に案内された医務室へ移動した。
この魔法の欠点は自分が行った所しか行けないところである。
「医者ーーーっ鎮静剤よこせ!!」
「うわっ!!ケフカ様っ!?どうしたのでありますか?」
「よこせって言ってるだろう!!早くよこせ!!」
白衣を着た船医はケフカの剣幕にあわてふためき、薬の入っている引き出しから
錠剤をわしづかみにしてケフカに渡した。
薬を受け取るとケフカは消えた。
「・・・・どうしたんだろう・・・。ケフカ様。まさか、水圧で・・・やられた!?」
船医は往診バッグを手に取るとあわてて医務室を飛び出した。
水圧が人体に及ぼす影響など、実はあまり知らないのだが・・・。
ケフカは次に売店の前に出現した。
のほほんと売店のカウンターでタバコをすっていたバーブラは驚いた。
しかし、驚きを飲み込んで「いらっしゃいませっ」と言った。
「いちばんいいブランデーをよこせ!!」
「はい、最高級品をご用意しております。
これが、ジドールでもなかなか入手困難といわれている逸品でして、
皇帝にも献上されたことがあるという・・・」
「早くよこせ!!」
ケフカはバーブラからブランデーのビンを奪い取った。
「おつまみに世界のナッツ詰め合わせはどうですか?」
「それもよこせ!!急いでいるのだ。お前の話は長いから9割引でつけておけ!!」
「そんなーーー殺生なーーーー」
バーブラの言葉を最後まで聞かずにケフカは消えた。
特別船室にもどったケフカは、急いでブランデーの封を切った。
飲みかけのコーヒーが入ったカップにそれをこぽこぽと注いだ。
そして、白い鎮静剤の玉を左手に握って28号の魔法を解いた。
「・・・・っ」28号は全身を震わせながら泣き出した。
「とりあえずこれを飲め・・・いいから飲め。」
ケフカは横たわる28号にブランデーを無理やり飲ませた。
28号はむせながら錠剤をブランデーで飲み下した。
が、体の震えはすぐには止まらない。
胎児のように丸まって顔を両手で覆いながらしゃくりあげている。
魔法をもらったのはわかった。
魔力を集中する時に使う呪文とイメージが、28号の頭の中に直接飛び込んできた。
口で説明するよりも遥かに早い。
まるで昔から知っていることのように28号は一瞬で3つの魔法をおぼえてしまった。
けれど、そのあとにいきなり飛び込んできたのは、見知らぬ町の映像だった。
家々は軒並み半壊し、町中の人間が死体となっていた。
まるで、大きな獣に引き裂かれたように内臓が飛び出し、
原形をとどめているものはなかった。血のにおいと内臓のいやなにおいがした。
自分は井戸のそばにいた。
カラスが群がって死体をつついていた。
自分以外生きている人間がいない。皆死んでしまった。
悲しい。悲しすぎて苦しい。
どうしたらいいのかわからない。
たとえようもない喪失感と孤独感に28号は飲み込まれた。
28号は泣くことしかできなかった。
ケフカは28号のそばに座ると左手で28号の頭をなでながら言った。
「すまん・・・それは多分、・・・俺の記憶だ・・・。
悲しいのは俺だったのだ。おまえじゃないから安心しろ・・・。」
少し顔を上げた28号にケフカはブランデーを無理やり飲ませた。
「落ちついたか?」
涙と鼻水を袖口でごしごし拭きながら28号はこくりとうなずいた。
「悪かったな・・・・。たまに記憶の強烈な部分も一緒についていってしまうのだ。
・・・自分の頭の中のことなのに、制御しきれないのが情けないな。
・・・・・・・・・・・俺も、ガストラ皇帝からもらってしまったことがあった。
・・・斧で自分の兄弟を殺したところだ・・・。
鏡に映った皇帝自身の姿と、斧が人の体に刺さる感触がひどく嫌だったな。
・・・・おかげで俺は半年ぐらい皇帝の顔をみるのも嫌だった。
・・・俺より背が高いからつい忘れてしまうけれど、
おまえはまだ子供だったのでしたね。
子供には、かなりつらいだろう・・・・・・・。」
ケフカは涙の止まらない28号の頭をなでた。
その時、特別船室のドアが激しい勢いでノックされた。
「ケフカ様。大丈夫なのですか!?船医のノナーです。」
「28号が悲しくて泣いているのだ。診察したいなら、してもいいが・・・」
「泣いている?・・・開けていただきますか。」
ケフカはノナーにドアを開けてやった。
かばんを持って聴診器を首にかけたノナーが飛び込んできた。
28号の脈をとりながら問診を開始する。
「28号様、痛いところはありますか?お熱は無いようですね。」
「う・・っ・・・ないです・・・ぐすっ・・」
「水中で大きな衝撃をうけてから、頭痛とかめまいとか耳鳴りとか・・・。」
「・・ん・・・、ないです・・・・ううっ・・・」
「では、なぜ泣いているのですか?」
「・・・・・・・思い出し泣きです。・・・うっ。
町がなくなって・・・・皆死んでしまって・・・・。ぐすっ・・・・。
もう、誰もいないんです・・・・・。ひとりぼっちなんです・・・・。」
28号はまた激しく泣き出した。
「泣いた原因を聞くな・・・こいつは子供なのだ。また泣き出すぞ。」
ケフカがノナーをたしなめた。
「とりあえず、お注射一本しておきましょう。28号様、肩とお尻とどっちがいいです?」
28号はか細い声でいった。
「・・・・・・注射は痛いから嫌ですぅ・・・・。」
「・・・医者。あまり泣き止まなかったらまた呼んでやるから、とりあえず一回帰れ。」
ケフカにそう言われてノナーはしぶしぶ出て行った。
28号はしばらく泣いていた。
ケフカは丸くなっている28号の頭をずっとなでながら、ナッツの詰め合わせを食べていた。
呼吸がおちついた28号は、手の甲で顔をごしごしこすりながら起き上がった。
「ケフカ様・・・・心配かけてすいません。」
ケフカは28号にちりかみを渡した。
「あまり無理をするな。つらかったら泣いていいのだ。」
「・・・・・・・・はい。」
28号は鼻をかんだ。
「なんか飲むか?」
ケフカは冷めたコーヒーを28号に渡した。
「・・・はい。」
28号を目を閉じると一気にごくごくと飲み干した。
「ケフカ様、・・・聞いてもいいですか?」
「うん。」
「・・・・っ・・」
28号は声をつまらせた。
ちょっとしたきっかけでも、また泣き出しそうな雰囲気だ。
「ああ。状況か?
僕ちんは子供の頃、町の教会に住まわせてもらっていたんだよ。
なんか嫌なことがあって、その夜は教会の物置の空き箱の中に毛布もっていって
蓋を閉めて寝ていたのだ・・・。
朝になって、教会へ帰ろうと思ったら町ごと皆殺しになっていた。
ガストラ皇帝が兵隊のかわりにモンスターをつかったのさ。
・・・・そのときは知らなかったけどね。
死体を見たのはあれがはじめてだったな。
怖くて動けなくて、丸一日、教会の近所にある井戸のそばにいたよ。
ずーっと泣いていたな。
夜になっても誰も来ないし、寒くて腹が減って、
・・・壊れた家から食べ物をかっぱらってきて、また箱の中で寝た。
これが夢でありますようにってお祈りしてたな。
次の日、すごくカラスが増えていて・・・。
自分もつつかれそうで怖くなって、食い物と水持って町から逃げ出したんだ。
・・・ま、そこでふらふら歩いているところを浮浪児と思われて皇帝にひろわれたんだが・・・。
あとで聞いて笑えたのが、
使ったモンスターが凶暴すぎて皇帝軍も町に入れなかったって所だな。
・・・3日くらい置いてから偵察に行ったんだそうだ。
たしかに、町に兵士がこなかった。
おかげで・・・・僕ちんは何がおこったのかわからなくて困ったよ。
・・・・落ちついたか?28号。」
「・・・はい・・・。」
「うん、少し寝ろ。夕食になったら起こしてやるから・・・。
ま、俺の記憶が多少そっちへ行ったくらいで、俺に同情なんかするなよ。
気の毒がられるのは大っ嫌いだ。むかつくからな。普通にしていろ。」
「・・・・はい。」
ケフカは特別船室の明かりを消すと出て行ってしまった。
28号は自分のベッドへ戻り、目を閉じた。
体がまた震えだした。
涙はもう出なかったが、泣きすぎて目の周りが痛かった。
ケフカは士官食堂へ行った。
収納式のソファーを壁から出して、コーヒーを飲んだ。
リージ少尉が来た。
「ケフカ様、さっきは本当にどうもありがとうございました。」
「いま、昼を食べるのか?まあ、俺のことは気にするな。」
「船は航行可能です。」
「そうか、よかったな。」
「ええ、本当に・・・。いくらお礼を言ってもいい足りません。」
「礼はいいから、飯を食え。」
船医のノナーがあわてた様子でやってきた。
「申し訳ありませんケフカ様!」
ノナーは120度ほど折れ曲がった姿勢で頭を下げた。
「なんだ?」
「さっきお渡ししたお薬ですが、下剤でしたっ!!」
「・・・・・・ふーん。」
「・・・・・・。」
前屈状態のままノナーは一言も発しない。
「俺の腹が痛くなるわけじゃないから別にいいが・・・。
下痢の者と洗面所共有は嫌だな。
28号には下痢が止まるまで医務室で寝てもらおうかなー。」
「まことに申し訳ありません!
二度とこのような間違いは犯しませんのでどうか平に御容赦願いますよう・・・」
「ああ、それは28号に言ってくれ。ついでに今すぐあれを連れて行ってよ・・・。」
「はいっ!」
ノナーはすぐにその場を去った。
リージ少尉は聞くともなしに耳にはいってくる一連のやり取りを聞いていた。
・・・ケフカ様は、評判ほど悪い人ではないのかも・・・。
別に普通・・・だよな。と、思った。
実のところケフカはすっかりつかれきっていて、怒る元気がなかっただけなのだが。
「そういえば・・・食堂へ来る途中、廊下に黄色いホースが伸びていたが
あれは何に使っているんだ?・・・普段はないよな。あれ。」
ケフカは何となくリージ少尉ににたずねた。
「ああ、あれですか?潜水作業口からの水漏れを船外に排出してるんです。
たいしたことないですから、ご心配なく。ケフカ様。」
「なんだと・・・・?」
渋面のままケフカはふらふらと特別船室へと戻った。
本来なら水漏れの量を確認に行くところだが、とてもそんな気にはなれなかった。
沈みかけの船に乗っているのか・・・・俺は・・・・。
ケフカの気持ちも激しく真っ暗になっていった。
・・・シャワーが使えるからといって、もどるのではなかった。
あのままどこかへ飛んで行けばよかったのだ・・・・・・・・
ケフカは28号のことなどすっかり忘れて、
自分のベッドに入ってアヒルちゃんといっしょにふとんをかぶってしまった。
ノナーにつれていかれた28号はすぐに下痢止めをもらった。
しかし・・・下剤の効果のほうが強かったらしく、
医務室で腹痛に苦しむ夜を送る羽目になったのである。
つづく
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