金紗のベールとノクターン その1 ZAZA9013 世界には3つの大陸があった。 南大陸・・・ここは古代の技術、魔導を復活させたガストラ帝国が、 ほぼ征服した。 中には一部抵抗する小国もあったが、南大陸はガストラ皇帝のものとなった。 自然の多い東大陸にはドマ国があり、 西大陸中央には独自の機械文明を発達させたフィガロ、西大陸北部には豊富な地下資源をもつ ナルシェなどの国があった。 急速な魔導技術の復活を背景に、ガストラ皇帝は領土を広げていた。 他の国にない「魔法の力」を機械や、人間に注入し戦力としていたのである。 ただ、人間を魔導士としてMP(マジックパワー)を持たせるのは成功率が低く 今の所、ガストラ皇帝とその右腕といわれる大魔導士ケフカの存在が 知られているだけだった。 しかし、 それは徐々に他の大陸の国々にとっても脅威となりつつあった。 これは、のちに魔導戦士ティナや帝国将軍セリスがガストラ帝国に 反旗を翻す10年ほど前の魔導士ケフカの物語である。
南大陸で最後まで抵抗していた二つの国をガストラ帝国は陥落させた。 ケフカはもう少し政治情勢が安定するまで、 帝国の侵攻はしばらく中止するとの命令を受け、首都ベクタへ戻ってきていた。 しかし、内実はケフカが前線以外にいると、新たなトラブルの火種となる可能性が大きいので 戻されたのである・・・。 その強大な魔力は、軍にとっては心強いものだったが、人格的なところに大きな 問題があるせいである。 帝国城にケフカは広い一室を与えられていた。 扱い的には皇帝の次・・・なのだが。 「うきーっ!僕チンはピーマンは嫌いだって言っているのに!今日の料理人は誰ですかっ!即刻クビじゃあ!」 ケフカに昼食を運んできた給仕係が怒鳴られている。 「は、皇帝陛下専属のアルベルト様ですが・・・」 「なにー!じゃあ、俺様がクビにできないじゃないかっ!替わりにお前がクビだあ――!」 「ええっ!そんなあ・・・・」 とまあ、こんな調子で3日に一度は誰かをクビにする。 今では本当にクビにするわけにも行かないので、給仕長も困り果て、「ケフカ様当番」というのを つくり、毎日違う者でケフカに食事を持って行くことにした。 ・・・食事の係りはそれで何とか間に合わせているのだが、困るのはケフカの仕事の係りであった。 ケフカは、魔導研究、帝国軍顧問、と見かけよりは多くの書類にサインする立場なのだ。 彼に書類を持っていく秘書官をつけてはみたものの誰も一週間ともたずに、退職したりあるいは 失踪して行方不明(城内では多分殺されたんじゃないかとの説が濃厚であった)になったりしていた。 そんなある日。 ケフカが仕事をする時間になっても、誰も書類を持ってこない。 今日は仕事をしなくてもいいのか?と、ドアを開けると、入り口の横に書類が置いてあった。 むぅー?・・・これはどういうことだ・・・。 城内で誰がケフカ様に書類を持っていくかを、軍と内務局で押し付けあった結果であった。 置き逃げか、よっぽど私に会うのが怖いんですね。皆さん。ヒッヒッヒ・・・。 ――いや、違う!これは怠慢だ。 ドアから机まで私が書類を運ばなくてはいけないじゃありませんかっ! そんなことができますかっ!めんどくさいっ。 ふん、確かにいつも仕事が多いと文句は言っていましたがね。 「だからといって!これは許されませんよ!お前たち全員クビだあっ!」 と、内務局の人事課に怒鳴り込んだケフカであったが・・・・。 「すいません・・もう、ケフカ様の係りはクビが多くて人材がいないんですぅー」 「なんだとー!」 油頭を7:3にこってり固めた人事課長は平謝りした。 「いないから、回せないんです。申し訳ありません。」 「・・・・そうか」 人事課長は死を覚悟した。 しかし、ケフカは何かを考えているようだった。 「ふーん・・・。たかが書類運びくらい人形にだってできますよ。」 ケフカはくるりとマントを翻し、人事課から出て行った。 職員が言う「課長!今のやばいっすよ!絶対やばいって!ここ、魔法で焼き尽くされますってっ!」 「全員待避―!」人事課の職員はとりあえずもてるものだけもって、隣の総務課へ避難した。 そんなことが起きているとは気にもとめずに、ケフカが向かった先は魔導研究所だった。 自分で言って思いついたのだ。 人間がダメなら人形をもらってくればいい。 たしかあそこには・・・。 魔導研究所、ここではシド博士が中心となり、かつて失われた魔法の力を復活させていた。 今では、シド博士は魔法の力を持つ幻獣の研究を中心に行っており、魔法の力を利用した兵器の開発や 製造は違う者が責任者となり行っていた。 兵器開発部門の人造人間開発課へケフカは行った。 人間とモンスターを合成し、それに魔法の力を持たせた人造人間は、 育成に時間がかかるのと、思ったより強力な魔法が使えないので現在製造は頭打ち状態なのだ。 同じ時間とコストをかけるのなら、魔導アーマーを作った方が何倍も効率的・・・。 確か一体作るのに5年かかって、量産したけれど中級魔法までしか使えず、MPも少なかったはずだ。 えーと、たしかここの責任者は・・・。 「Dr.リサンはいるか!」 閑散とした人造人間開発課の室内に向かってケフカは叫んだ。 人造人間の培養ベッドがおよそ30余りある。 予算と人員削減のため、たしか最低人数しかここにはいないはず。 「はいはい、ただいま・・・うわっ、ケフカ様。」 Dr.リサンが機械の影から出てきた。 「うわっ!ではないだろう!それがここの挨拶か?」 挨拶か・・・といわれても、突然ケフカに出会った人間のまともな反応は やはりうわっではなかろうか・・・。と、リサンは思った。 あいかわらず、けばけばしい原色の衣装に身を包み、 顔を白く塗り、目の周りには赤い模様が描かれている。 その上、頭には大きな羽飾りがついている。 ・・・・はっきりいって、コワイ。 そのうえ、薔薇の香りの香水のにおいでなんだかくらくらする。 「これは失礼いたしました、ケフカ様。ご用件の向きをうかがいましょう。」 Dr.リサンは軽く一礼した。 「人造人間は、ほとんど実戦配備に出してしまったのか?」 「ええ・・・。ケフカ様もご存知のとおり、北方師団の方へ分散して配置されました。 ・・・・くわしい資料が御必要ならお出ししますが。」 Dr.リサンはいぶかしんだ、こんな御取り潰し寸前の部署に何だって急にケフカ様が来たのだろうか。 まさか、閉鎖するとかこれ以上の規模の縮小を迫られるとか・・・。 「ここに一体いるじゃないか。これを俺様によこせ。」 ケフカはナンバー28と書いてある培養ベッドを指さした。 その中には、青白い肌をした人造人間が沈んでいた。 「それは、いけません!28号は作動不良を起こしました。 3年前の事故報告書を御覧になりましたでしょう?」 「そんなもんいちいち覚えてられるか!僕ちんのところへは山のように書類が来るんだ!」 「では、御説明いたします。28号は3年前に肉体が完成し、魔導の注入も終え、 戦闘に必要な知識のラーニングも終えました。しかし、頭に外科的に挿入した 服従器・・・魔法的な表現だと<操りの輪>ですな。 これが上手く作動しなかったのが原因で我々に反抗を企てたのです。 考える力をもち、判断力のある兵器は必要ですが反抗するとなると別です。 さいわい、他の人造人間5体で鎮圧しましたが・・・・。」 「ああ、そうだ。モンスターとも融合しているから、外科的な処置もかなり必要で 金食い虫といわれた部署だったな。その事件からだ。予算が大幅に減ったのは。」 「まあ、そうです・・・。しかし、私としては処分するには忍びなく保存していたのです。 失敗作とはいえ、私が、作り上げたものですから・・・・。」 予算削減の書類にサインしたのはあんただろ!と一瞬リサンは思った。 「28号の反抗の原因とは何だったのだ?んん。」 「話が長くなりそうですから、どうかおかけください。ケフカ様。いまお茶をお入れします。」 Dr.リサンは、話の流れ的にはどうもここをつぶすというような雲行きではなさそうなので、 ちょっと安心した。 書類のファイルをばさばさと床に落とし、擦り切れたソファにケフカの座る場所を作った。 「・・・お前も安いお茶を飲んでいますね・・・。ま、いいでしょう。で、話の続きは?」 ケフカがソファに座った。 まるで巨大な南国の鳥がくつろいでいるようだ・・・と、リサンは思った。 「人間と、機械の違いは何だと思います?ケフカ様」 「むう・・・。そんな事を俺に訊くのか?人間は文句たらたら、不平不満が多すぎる。」 ケフカの使ったカップには真っ赤な口紅がついた。 「私の作るように命令を受けたものは、人間より魔導の力の注入の成功率が高く、 モンスターの特性を活かしてMPが高く、なおかつある程度の判断力と思考力をもった 兵器です。もちろん、人間の命令には絶対服従する事が条件です。」 「は、だから初期には膨大な予算が回ったわけだ。」 「そうです。成功すれば、世界など一夜にして帝国のものになったでしょう。」 「しかし、結果的には成功率のきわめて低い人間に魔導の力を注入するほうが 巨大な魔力を得る結果になったがな。」 「それは、ケフカ様ご自身の特性だと思います。 私としては、幻獣と人間を融合させたほうが成功する確率は高いと思うのですが。」 「だろうな。しかし、生育するのに5年は長いな・・・。シド博士の研究のほうが速く進みそうですね。」 「で、最初の話に戻りますが、28号の反抗の原因とは・・・・ ずっと私は、人間の形をした兵器を作ったつもりでおりました。」 「ほう。で?」 「・・・結果的に私は・・・、心を持った人間を作ってしまった事に気がついたのです。」 「んん?つまりどういうことだ?」 「28号は・・・調整が終わり・・・軍に配備されました。 ・・前線です。城砦を魔法で破壊するよう上官に命令されました。 そのとき、彼は「何故?」と質問したそうです。ま、結果的に戦力とはなったのですが。 そして、ついていった私の助手に「こんなことはつまらないからもうやめよう」と言いました。」 「他の人造人間は何故なんて聞かないだろうな。言われた事を実行するだけだからな。」 「服従器が作動していないか、不完全な作動と感じた助手は28号を他の人造人間と共に ここへ分析のために連れてきました。分析の結果は、ほば作動していなかったのです。」 「ふーん・・・・」 「28号は短い軍隊の生活で色々な感情を学習していました。彼は自由になりたい、と私に 言いました。・・・・人間ならばそれもかなうでしょうが、彼の存在自体が国家の最高機密です。 不良品は処分するしかありません。しかし、私には彼を殺す事などできませんでした。」 Dr.リサンはため息をひとつついた。 「お前の話は長いなー。お茶のお代わりもってこい。安くてまずいお茶だが。」 「はい。」と、お代わりをそそぐとDr.リサンは話を続けた。 「不活性状態にするために、もう一度培養ベッドに入れることにしました」 「ああ、確かにそこに入っているな。」 「28号には直るまで不活性化状態にするといいました。・・・しかし、彼は自分の存在が 私によって消されてしまうのではないかという恐怖でパニックになりました。 戦場で他の兵士をみて、恐怖、怒り、喜びなどの感情を獲得していたのですね。 他の人造人間なら機能を停止するとはっきり言っても命令にしたがったでしょう。」 「ははは、俺様がその現場にいたら、一撃で消し炭にしてやったのにな。」 「彼は戦ってここから逃れようとしたのです。彼を鎮圧するのに5体の人造人間が必要でした。」 「なるほど。・・・・だから俺様にはくれたくないのだな?」 「それもあります。本来なら処分していなければいけないものですから。 あまり言うと反逆罪に問われそうですが・・・・。 ・・28号は心を持っています。今、世に出ても彼は幸せにはなれないでしょう。 せめて、私が生きている間に時代が変る事を期待して保存することが・・・ 私にできるベストの選択でした。」 「やばくなったら、お前の替わりに俺様が処分してやるよ。・・・それにだな。 人造人間が最高機密なら 俺様はもっと最高機密だ。しかし、堂々と外を歩いているぞ。 Dr.リサン。お前は自分の命令を聞かない人造人間はこわいだろう?ちがうか?」 「正直なところ、私は魔法も使えませんし、肉体的にも彼らの方が何倍も優れています。」 「私は全然怖くありませんよ・・・。ゆえに28号の所有者になるのにふさわしいと思いませんか?」 「いえ、それとこれとは、また話がちがいます。 28号の幸せを考えるとケフカ様にはお預けできません!」 一見腰の低そうなDr.リサンはきっぱり断った。 しかし、 ケフカはリサンが止める間もなくすたすたと28号の培養ベッドの傍へ行った。 そして、起動スイッチをおした。 「こいつは、俺のものだ。俺様がもらった!」 「あああっケフカ様―どうなっても、知りませんよー」 培養液が排出されてゆく。ゆっくりと28号は身体を動かし始めた。 「ケフカ様、彼を外へ出すならマニュアルとメンテナンスキットをお持ちください。 今、ご用意いたしますからっ!」 Dr.リサンはばたばたと書類を掻き分け、トランクに収めた。 培養ベッドの半透明な蓋が開いた。 Dr.リサンとケフカはそれを見守っていた。 人造人間28号はゆっくりと身体を起こし、目を開けた。 「うわ―――っ!」 「どうした28号!」Dr.リサンが声をかける。 「ああ・・・びっくりした。彼は新型の人造人間ですか?」 「俺のことを言っているのか?このバカ者!私は帝国宰相にして軍事顧問のケフカ様だ!」 と、耳を赤くして怒鳴るケフカは無視して28号は 「・・・・ごめんなさい・・・Dr.リサン・・・僕・・・てっきり処分されると思って・・・。」 「・・・すまん。私にはお前を不活性化状態にするしか方法がなかったのだ。 処分されたり、死んだ仲間を見たお前にとってはさぞかしつらかった事だろう・・・。」 「・・・Dr.リサン・・・」 「28号・・・すまなかった。私の研究は間違っていたのだ。」 ひしと抱き合う二人にケフカは 「おいおい・・・。28号。お前の所属は、これからこの俺様だからな。」 と、水を差す。 「28号・・・。つらい事になるかもしれないが、お前はケフカ様に仕える事になった。」 「はい。わかりました。Dr.リサン。」 「なんだ、案外素直ですねぇー。もっと反抗しまくるかと期待していたのに。」 「ケフカ様、簡単な医療チェックを行ってから28号をお引渡しいたします。 1時間ほどかかりますがよろしいですか?」 「あ――。かまいませんよ。どうせ今日は仕事なんかしないって決めたんですから。」 と、ケフカは擦り切れたソファに横になるとマニュアルに目を通しはじめた。 ふーん。身長184センチ、体重74キロ、最大負荷重量1000キロ?すごいじゃないか。 最大のパンチ力が900キロ?最高移動速度150キロ?なんだそりゃ。走るのか? いいんだか悪いんだか解りませんね。普通の人間の標準と比べないと・・。 けれどつくるのに、5年かかるならやはり魔導アーマーを作ったほうが良いですね。 一般兵にも扱えるし、やはりナマモノは手がかかりますからね。 政府・軍関係者に言わせると一番手のかかるナマモノはケフカ様なのだが・・・・。 1000キロ背負って150キロで走るのならすごいけど、きっとそうじゃないでしょうしねぇ。 しかし、ケフカはあまりのページの厚さにマニュアルを顔に落としてしまった。・・・痛い! 800ページもありますよ・・・これ。しかも上下巻・・・。 目次だけで50ページって・・・。もう、見ただけで嫌になってしまいましたね。 Dr.リサンにつれられて28号がケフカの前へ来た。 帝国の一般兵の服装をしている。 ケフカより背が高くバランスの取れた体格だ。 整った顔に薄いブルーの瞳が、不思議そうにケフカを見つめている。 5年でこんなに大きくなるのか。 僕ちんなど二十何年たっても170pの壁を越せないというのに。 まあ、僕ちんほどじゃないけど顔もきれいだし、役に立たなかったら そのうち着せ替え人形にして遊んでやろう。 と、ケフカは思った。 「ご挨拶をしなさい、28号。」リサンが促す。 「今後ともヨロシク・・・」 「それは何か違うメーカーのゲームに出てくる挨拶ですね・・・。」 「どうぞよしなに・・・」 「お前はペルソナーってよばれたいのですか?」 「あんじょうよろしゅう・・・」 「Dr.リサン・・・。何だかおもしろい奴ですね。」 「ケフカ様、何かあったらすぐに私にご連絡ください。 28号をどうか大切にしてやってください。」 「うん。できるだけな。」 ケフカ様のできるだけってどれくらいなんだ・・・。 Dr.リサンはとてもとても不安だった。 28号は両手に大きなトランクを持ちケフカと共に人造人間開発課を後にした。 「お前は、最大負荷重量が1000キロと書いてありましたが、 1000キロもてるのですのか?」 「たぶん・・・」 「多分って何ですか!その口のききかたは!」 「ケフカ様。乗ってみてください」 「乗れだと?」 「肩車します。」 「そりゃ歩かなくて済みそうですね。ってうわ。」 ケフカを肩車した28号はひょいっと立ち上がった。 「おお、これは楽だ。しかも眺めがいい。」 ケフカの頭は天井にだいぶ近かった。 「トランクは大体100キロくらいの重さです。 ケフカ様は・・・きっと50キロないですね。」 「軽くて悪かったな。」 「直線ならたぶん時速120キロぐらいまでなら、出ると思います。」 「ほう、凄いな。」 「じゃ、しっかり掴まってください。方向のご指示をお願いします。走ります。」 「なに!?」 一人残された人造人間開発課で、 がっくりと落ち込むDr.リサンの耳に、遠ざかってゆくケフカの悲鳴が聞こえた。 「・・・・28号・・・今日一日だけでも生きてくれ・・・ああ、私は何て無力なんだ・・・。」 Dr.リサンのつぶやきが部屋に響いた。 「ああああああああ―――――――――っ!」 「はい、ケフカ様の部屋の前ご到着です。」 「はあ・・・はあ・・・・ば、馬鹿者っ!きさま廊下は走るなっ!」 28号の頭にしがみついたままケフカはそれだけ言うのが精一杯だった。 「はい、以後気をつけます。」 「それに・・・はあ・・・曲がり角になると・・・・壁なんか走りやがって! 僕ちん死ぬかと思いましたよっ!はあはあ。」 「はい。性能を知ってもらおうと思ったんです。申し訳ありません。」 「ああもう。歩くより100万倍疲れたっ!カギは開いているからそのまま入れっ」 28号はドアをあけて部屋に入った。 「うきゅっ!」 ケフカはドアの上の壁に顔面激突した。 「・・・・ケフカ様。次はどうしたらいいでしょう。ケフカ様?」 足だけ肩に残して背中側にぶら下がっているケフカに28号は心配そうに尋ねた。 「バカ!タコ!カス!間抜けっ!」 復活したケフカは28号に向かって怒鳴り散らす。 「入れって言ったのはケフカ様じゃ・・・」 「うるしゃいっ!口答えするなー。」 ケフカは濡らしたタオルを顎に当てていた。 「はい。」 28号はケフカの前に正座していた。 「お前は俺の書類運び用の人形なんだから、業務に専念しろ。」 「はい。」 「でも、俺は今日は仕事はしない。書類もなぜか机の上にある。 こういう場合はどうすると思う?」ピッとケフカは人差し指を立てた。 「どうするんですか?」長い爪・・・と28号は思った。 「遊ぶんだ。」 「ほんとに?ほんとに?遊んでいいの?」 「嬉しそうですね。」 「はい。」 28号は体格こそケフカを上回り、一見非常に強そうな感じではあるが、 その心は3ヶ月ばかりの軍隊生活で養われたもので、知識はあるが 子供と大して変らないものだった。 「じゃな、俺様の風呂道具とバスタオルと着替えをもってこい。 お前の分も持っていくんだ。」 「どこにあるんですか?」 「あぁ、いちいち教えないといけないんですねぇ。これだから新人は使いにくい。」 ケフカは洗面器とタオルと着替えなどを28号に持たせた。 「お風呂はお部屋についているのにどこへいくんですか?」 「決まってるじゃありませんか。皇帝専用のお風呂場にこっそり入りに行くんですよ。」 「それって、いけないんじゃないんですか?」 「馬鹿者!それでは人間と同じ事を言ってるぞ!人形のくせに。 いけないから楽しいんじゃありませんかっ」 「なるほど!」 「わかったかっ!」「はい」 「じゃ、行くぞ」 と、28号はケフカの黄金の洗面器その他もろもろを持たされ、ケフカの後についていった。 警備兵が立っている両開きの大きなドアを抜けるとそこは、 たくさんの絵画がかけられている大広間だった。 「うわー絵がたくさんあるー」初めて見る沢山の絵画に28号は感銘を受けたようだった。 「あたりまえの事を言うんじゃありません。 ここはガストラ皇帝の絵画コレクションのお部屋ですからね。 えらい人じゃないと入れないんですよ。」 「すごいなー・・。で、お風呂場はどちらなんですか?」 「ヒッヒッヒッ・・・ここの壁が、皇帝専用大浴場の非常口につながっているんですよ」 と、ケフカは沐浴する女神の画の横の壁を押した。 壁の一部分がくるりとまわり、その奥は通路になっていた。 「すごーい・・・。」 薄暗い通路を進むと、鋼鉄のドアがあった。 「ここは中からじゃないと開かないんですけど、魔法を使えば一瞬です」 ケフカがドアに手をかざすと、カチッと音がしてドアが開いた。 「おおっ。すごいですうー」 「攻撃魔法だけが魔法じゃないんですよ。こんなしゃれた真似はお前にはできんだろう?」 「あははは・・・僕なら力技で壊しますね。」 「壊したらばれるからダメだ。」 「そうですね。」と、2人は中へと進んだ。 皇帝専用の大浴場は、天井が非常に高くて明るくて広く、熱帯植物の庭の中にいるようだった。 床は大理石。壁は神話をモチーフとしたレリーフとなっている。 湯船は20メートル以上あり、木々の植え込みの間に不定形な形がくねくねと続いている。 ジャングル風呂である。真っ赤な花をつけている木もある。 ただし、洗い場の蛇口とシャワーは1つしかない。 ケフカは非常口を隠すように植えられている木に自分の服をかけると、 ジャングルの中のジャグジーにさっさと漬かった。 28号は、ケフカを真似て服を脱いだが、まっすぐ湯船にはいかず、 ケフカに背を向けて皇帝のシャワーで頭を洗い始めた。 「28号、何ですか?その背中のあとは。」 28号の両方の肩甲骨の内側にかけてケロイド状の線が縦に2本ある。 「これは、羽根を外科手術で取ったんです。 ベースは人間ですけど、なんとか細胞の時期にモンスターの細胞を融合したんですって。」 「ほう。」 「で、成長したら羽根が生えてきたんですけど、これが飛べる大きさの羽根じゃなかったんです。 じゃまなので、とりました。」 「ふーん。じゃ、なんだ、その下の尻にある痕は?」 「尻尾が生えていたそうです。これも使い道がないので取ったってDr.リサンが言っていました。」 「おいおい・・・ずいぶん無理矢理人の形にしたんだな。」 「僕たちは1度に7人ずつ作られました。初期タイプは人間型にするのが難しかったそうですよ。」 だから、妙に予算請求が多かったんだな。と、ケフカは納得した。 「あとな、28号、お前が今頭につけたのは、ボディシャンプーだ。」 「えっ!」・・・同じような金の入れものが3つ並んでいたので、28号は適当につかんだのであった。 しかし、28号はそのまま頭から身体を洗い始めた。 「すごく上等な香りがしますね。」 「だろう?俺様も頼んで同じのを作ってくれといったら・・・ガストラ皇帝専用ですから・・・なんて言って 断りやがった。そのかわり、俺専用のを作ってくれたがな。でも・・・はっきりいって、不満です。」 「はー・・・。だから、こっそりここへ来るんですね?」 「ま、そういうことだ。」 ジャグジーの中には、ケフカのもってきたアヒルのおもちゃがぷかぷか浮いていた。 ケフカはそれを沈めたり浮かせたりして一人であそんでいる。 28号は全身のボディーシャンプーをシャワーで流した。 そして、湯船に入ろうとしたときケフカの笑い声が響いた。 「なんです?おまえのそれは・・・・ハッハッハッ・・・ああおかしい・・・・。」 「えっ!普通だって軍の皆はいいましたよう。」 「毛が生えていないじゃないですか?」ケフカ、大受け。笑いがなかなか止まらない。 「ああ・・・・毛は最初から無いんだそうです。」 「毛が無いとなんとも間抜けに見えますねぇ。乾きやすい設計なんですかねぇ・・・クックッ・・・・ ・・で、それは機能するのですか?」 「人間の女性と子供は作れないだろうと言われましたが、僕は機能しますよ。 ・・・・・・服従器が壊れていますから。性欲もあります。」 そういわれて、一瞬自分のと頭の中で比べたケフカ。 「おまえだけが?」 「他の仲間たちは、感情も欲望も無いですよ。人格もないでしょうね。」 「ふーん・・・。私はお前たちについて知らない事が多いですね。 Dr.リサンは実はすごいものを作っていたのですね。ま、生産中止ですが。 ん、そういえばお前に何か聞こうと思っていたのですが、 毛がないものを見たおかげで忘れてしまいましたよ。」 「入ってもいいですか?」 「ああ」と、ケフカは28号と入れ違いに皇帝のシャワーの方へ行った。 28号は曲がりくねった湯船の中を泳ぎまわった。 前線にいたときの簡易シャワーと大違い。 お湯が使い放題で、沢山あるのが嬉しかったのだ。 ケフカがさっきつかっていたジャグジーのところへいくと、 黄色いアヒルのおもちゃが漂っていた。 28号はそれをつかんで沈めた。 手を離すとゆっくりとアヒルは浮かび上がり、かわいいお尻を水面に出してから くるっと回転して頭が出てくる。 ・・・・かわいい・・・おもしろい・・・28号は何度も何度もそれを繰り返した。 「そんなに、アヒルちゃんがきにいったか?」 ケフカがジャグジーに入りに来た。 「うわっ・・・・!?は、初めまして・・・?。」 「む――!?なんだそれは?あぁ?」 ケフカはさっきまでの白塗りの厚化粧ではなく素顔だった。 「顔が違う・・・・・。違いすぎる・・・反則ですよっ!」 「俺の顔が反則だっていうのか?この人形はぁ・・・。」 ケフカは28号に足でお湯をかけた。 「だって違うんだもん!うーんと・・・なんていうか・・」 どう違うかというと・・・素顔の方がずっときれいだ、と28号は思った。 なにが違うんだもん!だ、でかい図体でガキじゃあるまいし・・・と ケフカは思った。その時・・・。 「ん?ちょっと静かにしろ。」 遠くから、がらがらという何かの車輪の音と人の声が聞こえてきた。 「28号、出るぞ。掃除の連中が来たようだ。見つかると面倒だ。」 「はいっ」「アヒルちゃん、忘れるなよ」 「向こうのドアは中からカギはかけられるのですか?」 「管理上、外からだ。おまえ、早くきがえろ!」 「体拭いてないから、服が丸まって・・・・」 「チッ!私一人なら逃げられるのに・・・・しょうがない。」 ケフカはドアへ向かってブリザドを放った。ドアの周りが凍りついた。 「なるほど!時間が稼げてなおかつ証拠も残らない。完璧ですね、ケフカ様。」 「口はいいから、手を動かしなさい。さっさと出ますよ。」 ケフカは上着の長袖Tシャツが背中で丸まっている28号を非常口から押し出した。 そして、非常口へ向かって魔法でカギをかけた。 洗面器、タオルもろもろをもたされた28号はふとあることに気がついた。 「ケフカ様、もしかして・・・・」「何だ?」 「靴とマントしか着けていない・・・?」「そうだよ。悪いか?」 「どうりで早いと思った・・・。」「フン。非常時だからな。おまえは早く背中をしまいなさい。」 「なんだかくっついちゃって」「絵画の間を出るときまでには直しておくのですよ。」 「ケフカ様、素顔で出て行っちゃっても、皆わかるんですか? 部屋の番兵に怪しまれませんか?」 「おまえにしては鋭い質問ですね。絵画の間は、入るものは良くみていますが 出てくるものには、それほど注意を払っていないんですよ。行き止まりという事になっていますから。」 2人は沐浴する女神の横の壁から出てきた。 「ふーん・・・。そんなものなんですか・・・。」 しかし、実はケフカと目が合って命を落としたら困る・・・という理由で、 警備兵たちもあまり、彼に関してはよく見ないようにしているのだった。 隠れ入浴の事実も知っているのだが・・・それを告げ口した事がケフカに知れたら 多分、死ぬよりも恐ろしい事になるのではないか・・・。 そんなわけで、警備兵たちの中ではケフカ様は通らなかった事にしているのであった。
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